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大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)4952号 判決 1967年2月14日

原告 日本商事株式会社

右代表者代表取締役 曲淵喜和太

右訴訟代理人弁護士 木崎良平

被告 後藤清忠

右訴訟代理人弁護士 柴多庄一

同 大野康平

主文

被告は原告に対し、金一六六、八三五円二〇銭および内金一五四、五五三円六〇銭に対する昭和三三年八月一日、内金九、一四六円六〇銭に対する同年九月一日、内金三、一三五円に対する同年一〇月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金一七万五、六一六円およびこれに対する昭和三三年八月一日から右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、ならびに、仮執行の宣言を求め、

その請求の原因として、

一、原告は、薬品類の卸売りを業とする会社であり、被告は、中央薬局という商号で薬品の小売を営むものである。

二、原告は、昭和三〇年九月ごろ被告との間において、原告を売主として、被告を買主とする薬品類の継続的取引契約を締結し、代金は毎月月末払の約定のもとに右商品を売り渡していたものであるが、原告は被告に対し、昭和三二年一二月一七日より昭和三三年七月末日までの期間、別紙第一売掛代金明細表記載のとおり、代金合計金一四万九、五二四円の薬品類を売り渡した。

三、さらに、原告は被告に対し、毎月の右通常の取引以外に特別に買取りを交渉して取引が成立し、昭和三三年三月一八日別紙第二売掛代金明細表記載のとおり、代金合計金二万九、九九二円の薬品類を売り渡したが、被告は同年六月三〇日右代金の内入弁済として金三、九〇〇円を支払ったのみであるから、金二万六、〇九二円の右残代金がある。

四、よって、原告は被告に対し、右売掛残代金合計額一七万五、六一六円およびこれに対する弁済期の翌日である昭和三三年八月一日から支払ずみまで商事法定率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、

被告の抗弁事実に対し、

一、被告主張のように、昭和三三年一月三一日以降に売掛代金の支払として被告主張の金額を受け取ったことは認めるが、この支払は、本件売掛代金以前の債権について弁済期の古い分に対して順次なされていったもので、本訴において原告の主張する売掛代金債権に対する支払ではないから、被告の支払済の主張は失当である。すなわち、原、被告間の取引は毎月末に代金を支払う約定であったが、実際は小売の売上成績によって内入弁済をなし、未払金が残っていくのが業界の実態であって、被告の場合も例外ではなく、原告としては毎月の請求書に当月分の請求をするとともに、それまでの残代金を表示し、被告に残債務の確認を求める方法をとっているのであり、被告の毎月の内払金については被告からその弁済の充当に関して指定はなく、支払をうける原告は当然弁済期の古い方から弁済に充当し、その旨被告に告知してきたのであり、仮に明示の告知がなかったとしても黙示の告知があったといいうるものである。また、右弁済充当の告知がなかったとすると法定充当によることになり、被告の債務は弁済の利益に差異のみるべきものはないから、弁済期の古いものから充当されたことになり、昭和三三年七月当時原告主張の売掛残代金債権が存在したことは明らかである。

二、また、被告は本件売掛代金債権は時効により消滅したというが、被告は、昭和三三年六月三〇日に至るまで原告の請求金額を承認したうえ、一部弁済を続けてきたものであって、昭和三三年六月三〇日当時において本件売掛代金債権の時効は中断していたものである。さらに、原告は被告に対し、このときから二年以内に当る昭和三五年四月二七日内容証明郵便で本件請求額について催告をなし、右書面は少なくとも同月末ごろ被告に到達しており、右日時から六ヵ月以内である同年一〇月二一日大阪地方裁判所において昭和三五年(ヨ)第二七四六号不動産仮差押事件として同決定をえて、同日その旨仮差押登記がなされて執行が完了し、同年一一月二一日本訴を提起したものであるから、時効は中断されている。

三  さらに、被告は、原告が本件売掛代金を一〇年間支払猶予したと主張するが、これを争う。

四  ところで、被告は、昭和三三年七月二五日の天神祭の時、原告が他の取引先とともに被告を招待したところ、原告の社員が息女を冷遇したと不当なる言掛りをつけ、爾来原告の再三の催告にかかわらず、被告は本件売掛残代金の支払をしないものである。

と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、

その答弁および抗弁として、

一、原告主張の請求原因事実のうち、第二項および第三項の各取引が原、被告間にあったことは認める。

二  しかし、被告は、昭和三三年一月三一日より、毎月その月の売掛代金を支払い、現金合計一三万一、二七〇円および返品、取消、別途入金により二万一、〇六〇円を弁済し、既に右合計一五二、三三〇円を支払済である。

三、また、原告は、その主張の売掛代金についてなんら催告をせず、昭和三五年四月二七日被告に対し催告するに至ったものであるから、少なくとも昭和三三年四月二七日以前の原告の被告に対する本件売掛代金債権は短期消滅時効により消滅に帰したものである。しかして、被告は、買掛代金を支払うに当り、当月分のものとして特定しないで支払ったとしても、右支払はいずれも弁済期到来の債権についてなされたものであることは疑いがなく、その支払は被告にとって最も利益の多い弁済に充当されるべきものであり、本件において、最も利益の多い弁済とは、いうまでもなく、消滅時効の援用について考慮されるべきであって、最も新しいものから古いものに向って支払済となるように計算するのが至当である。そして、原告の本件請求は、昭和三三年一月二四日ころ原告においておこなわれた新旧帳簿の切り換えにより旧帳簿より引き写した新帳簿の記載に基づいたものであり、したがって、債権の発生は旧帳簿時代であるから、時効計算においては旧帳簿を基準とすべきである。

四、さらに、原告と被告との間において、昭和三三年八月五日ころ、取引再開の話合いをした際、被告に対する売掛代金債権は一〇年間請求しない旨の特約をしたのであるから、原告の本訴請求には応じられない。

五、しかして、本件は、昭和三三年七月下旬の天神祭の折、原告は被告の実娘を招待しておきながら、不法にも船の出発間際になって同女を船から引きずりおろし、群衆の面前で耐え難い恥をかかせたという不可解な事件が発端となっており、同女はこれが原因となって精神錯乱をきたし、遂に現在は完全な狂人となって最近家出して行方が判らなくなっている。このような事情からすれば、原告がこのうえ本訴を提起し、強制執行までするということは、社会常識から言っても、人道的見地からしても、余りにも酷であり、本件請求は、公序良俗に反するというべきである。

六、また、被告の右各主張の理由がないとしても、原告の本件請求額は、商慣習上の、いわゆる建値価額であり、市中卸売薬品問屋の慣行により、右請求額より五パーセントは歩引きされるべきものである。

と述べ、

原告の再抗弁事実に対し、原告主張の仮差押決定のあったことは認めるが、その執行は期間経過後になされており、時効の中断事由とならず、中断が生ずるためには、仮差押決定に基づく嘱託登記がなされなければならないからである。

と述べた。

≪証拠関係省略≫

理由

一、被告が原告主張の薬品を買入れたことについては、当事者間に争いがない。

二、そこで、まず、被告主張の弁済の点について検討を加えることにする。

しかして、原告が被告から薬品代の支払として、被告主張の金額の現金を受け取ったことについては原告の認めるところであるが、原告は、この支払は、他の売掛代金の弁済として受領したものであるというので、これについてみるに、≪証拠省略≫を合わせて考えると、(一)、原告は、昭和三〇年夏ころから昭和三三年七月三一日までの間、被告と薬品の継続的取引をおこない、その期間、原告の担当社員が被告から注文を受けた薬品等を配達し、被告に引き渡した薬品の種類、数量、単価および金額の確認を受けて、被告が営業に使用している中央薬局という商号の店判を押印した納品控を受け取り、これに基づいて、原告は原、被告間の取引の詳細を補助簿という帳簿に記入したうえ、本帳簿を作成していたが、原、被告間の取引には、毎月の通常の取引のほかに、原告が特別に被告に買取りを折衝した結果、被告が右通常の取引以外に薬品を買入れる場合があり、原告の会社内部では後者を年間契約と呼ぶ習わしになっていたが、この分け方は原告の右補助簿の記入のうえで区別があるにすぎないこと、(二)、原、被告間の取引における売掛代金の支払は、毎月一五日締切り月末支払という取り決めが一応なされていたものの、右のいわゆる年間契約における取引の支払は、右取り決めによらないばかりでなく、通常の取引中においても、特売という形式で成立した取引の支払も、原、被告間で話合いのうえ、その期日を数ヶ月先に定めていたものであって、原告は、得意先である被告との取引を維持していくため、毎月末にその月までの売掛代金の全額の支払を受けるということはなかったのみならず、薬局を経営している被告は、毎月二四、五日ころ原告から郵送されてくる請求書記載の売掛代金の請求金額に拘束されることなく、その月に販売した薬品の売上げに応じて、適当に見積もった金額を原告に支払い、原告においても、これに対してなんら異議をいうことなく、ただ、未払の売掛代金残額は次期に繰り越されていくのが原、被告間の薬品取引の常体であったことが認められ、右事実と、≪証拠省略≫を合わせて考えると、原、被告間の継続的取引の最終日である昭和三三年七月三一日現在で、原告の被告に対する総売掛代金残額は、通常取引によるものが、一四九、五二四円、前記のいわゆる年間契約によるものが、二六、〇九二円の合計一七五、六一六円であることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

そうして、被告が、昭和三二年一二月末日より同三三年六月末までの期間、前記認定のように繰り越された売掛代金の支払を留保して、右期間中の支払に際して、当月分の売掛代金の弁済に充当することを特に指定したようなことも、本件全証拠によるも未だ認めるにたりないから、被告主張の弁済の点は、失当というほかはない。

三、つぎに、被告主張の消滅時効の援用の点について検討する。

被告は、原告が昭和三五年四月二七日本件売掛代金の支払を被告に催告するに至ったものであるから、債権の性質上、この時からさかのぼって昭和三三年四月二七日より以前の本件売掛代金債権は、短期の時効により消滅しているというので、これにさきだって、原告主張の時効の中断事由についてみるに、原告が被告に右催告をしたことについては被告の認めるところであり、右催告をしたのち六ヵ月内に、原告が大阪地方裁判所に不動産仮差押の申請をしたことについては、被告は明らかに争わないから、これを自白したものとみなすべきところ、被告は右申請に基づく仮差押決定による執行が右催告より六ヶ月後になされているから時効の中断事由にならないと抗争するが、仮差押が時効中断の効果を生ずる時は、執行裁判所に仮差押の申請をした時と解すべきであるから、被告の右主張は理由がない。なぜならば、仮差押申請以後の手続は、裁判所により職権をもって進行せられ、裁判所の手続如何によって時効が中断されたり完成したりする不都合な結果となるからである。

しかして、≪証拠省略≫を合わせて考えると、被告は、原告から毎月二四、五日ころ郵送されてくる請求書を受け取っていたが、これには前記認定の納品控の写しが添付され、右請求書の上欄に前月請求金、前月の入金および繰越金が表示され、中欄には当月の請求金と総請求金額が記載されて、下欄には未請求金額と現在帳簿残額が記入されているうえ、右各金額に相違があるときには原告に連絡してもらいたい旨の記載があるにかかわらず、正式に原告に対し異議を申し立てたことがないのみならず、本件売掛代金の取引期間である昭和三二年一二月末日より同三三年六月三〇日までの間、毎月その月に成立した取引の薬品代金を上回る金額を原告に支払っていることが認められ、右事実によれば、原告主張のように、被告は本件請求金額中、昭和三三年六月三〇日に至るまでの買掛代金債務を承認していたことを認めることができ、右認定をくつがえすにたりる証拠はない。

してみると、被告が承認していた昭和三三年六月三〇日より二年内である昭和三五年四月二七日に、原告は被告に対し、本件売掛代金支払の催告をし、この催告をした時から六ヵ月内に前記仮差押の申請をしたのであるから、本件売掛代金債権の時効は中断されていることが明らかである。したがって、被告の時効完成についての他の主張に判断を加えるまでもなく、被告主張の消滅時効の点についても理由がないといわなければならない。

四、しかして、被告主張の支払猶予の特約の点については、被告本人尋問の結果以外にはこれを認めるにたる証拠がなく、右被告本人尋問の結果はたやすく信用できないから、被告の右主張も理由がない。

五、また、被告主張の公序良俗違反の点についても、≪証拠省略≫によれば、昭和三三年七月下旬の水都祭の折、原告が得意先である被告を招待していたところ、被告の子供で、当時小学生であった娘が弟と二人で花火を観覧に来たため、右娘だけが船から降ろされたことが認められるにとどまり、これが原因となって右娘が精神錯乱を起したことは、本件全証拠によるも認めることができないのみならず、このことからただちに、本件請求が公序良俗に反するものとはいえないから、被告の公序良俗違反の主張も失当というほかはない。

六、そこで、さらに進んで、被告主張の、本件売掛代金請求額は、建値価額であり市中卸売薬品問屋と薬局との取引に当っては、商慣習上、この請求額から五パーセント歩引する慣行があるとの点についてみるに、原告は被告の右主張事実を明らかに争わないから、これを自白したものとみなすべきところ、弁論の全趣旨によれば、原、被告は、右慣習に依る意思を有していたものと認められるから、被告の右主張は理由がある。

七、ところで、原告は、本件売掛代金全額の弁済期限は、昭和三三年七月三一日であると主張するけれども、≪証拠省略≫によれば、原、被告間の本件取引のうち、昭和三三年六月の取引分中、商品名あやめ池一セット・五、四三〇円、キシロ軟三六個・二、二六八円、および同年七月の取引分のうち、小児用ミネビタール・一、九三〇円以上計九、六二八円の弁済期限は、同年八月三一日であるのみならず、右七月の取引分のうち、イソミン一セット・一、二六〇円、およびグラマイ軟三四個・二、〇四〇円以上計三、三〇〇円の弁済期限は、同年九月三〇日であり、その余の取引の弁済期限が同年七月三一日であることが認められるから、原告が八、九月限りになっている右取引分の売掛代金に対し、同年八月一日よりの遅延損害金の支払を求める請求部分は、失当である。

なお、本件売掛代金から五パーセント歩引されるべきであるから、昭和三三年八月限りの代金は九、一四六円六〇銭であり、同年九月限りの代金は三、一三五円であり、同年七月限りの代金は一五四、五五三円六〇銭である。

八、そうすると、原告が薬品の卸売りを営むことについては当事者間に争いがないから、結局、被告は原告に対し、原告の請求額一七五、六一六円からその五パーセントに当る金額を控除した一六六、八三五円二〇銭および内金一五四、五五三円六〇銭に対する昭和三三年八月一日、内金九、一四六円六〇円に対する同年九月一日、内金三、一三五円に対する同年一〇月一日から支払ずみまで商事法定率の年六分の割合による遅延損害金を支払う義務を負担していることが明らかであるから、原告の本訴請求のうち右の限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言について、同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上田耕生)

<以下省略>

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